フィルチューン製作秘話

1998年冬、超磁歪との出会い!. 1998年冬、横浜で磁性材料の研究者[I氏]を紹介された。
当時、私は、パソコンとユーザー間をコミュニケイトする新製品設計のため、高性能な小型スピーカを探していた。[I氏]は、鞄の中から懐中電灯に似た形状の装置を取出し「これはわたしの設計した超磁歪振動子です、聞いてみますか?」と言った。ラジカセのラインアウトとその装置の入力部を結線、音はしなかった。しかし、その装置の先端がテーブルに接触した瞬間、部屋中に音楽が流れた出した・・ お世辞にも良い音とは言えなかったが、その可能性を私は直感した。

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1999年秋、『フレェイ社』起業!
old_logo.gif(1789 byte) 1999年秋、世の中にない新しいものを"超磁歪"で創りたい…世に貢献したい…そんな思いで株式会社として『フレェイ社』を興した。会社の由来は、平たく言えば「みんながんばれフレーフレー」とエールを送る意味で、偉そうなことを言えば、万人の人々が豊かさを分かち合えるようにと、北欧神話の「豊穣の神」を引用した。 起業してから1年はあっという間に過ぎ去り、資本金は研究・開発費用でほとんど使い尽くしていた。 当時、超磁歪素子はグラム単価が金(GOLD)と同じで、財政事情を考えればとてつもなく高い物だった。私は、超磁歪素子を目的のサイズに変えるのに、昼夜を問わずヤスリで削った。粉をじっと見つめながら!

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常識に囚われるな!超磁歪トランスデュサー開発!! 常識に囚われないこと、それが基本コンセプトだ。
超磁歪の魅力は、応答速度・発生応力の高さにあった、それは超磁歪振動子による骨伝導の革命を示唆した。 わたしは骨伝導にターゲットを絞った。「骨伝導」という言葉も一般にまだ認知されてなく、医学の世界も人間の骨伝導能力に高いポテンシャルがあるなんてそんな認識もなかった。まして骨伝導はモノラルでステレオ効果がないという研究者もいたくらいだったから・・でも従来技術で作られた振動子のクオリティが低いっていうだけの理由に過ぎないのでは? そんな疑問から徹底した振動子の音質にこだわる研究がスタートした。早々、我が社は、S社と機密保持契約を締結し、特別プロジェクトチームが編成され、デバイスの試作を開始。2002年春、設立2年半目に求める音質に近い100g重量のデバイスが完成した。次に、100gデバイスの小型化へと向かった。目的は、骨伝導ヘッドフォン! 2003年正月、1/5のダウンサイジングに成功、20g重量の超磁歪振動子が完成し、骨伝導ヘッドフォンの1号機が産声を上げた。 そんな折、心強い仲間が我が社に加わった。私同様、超磁歪に新しい可能性を直感した[K君]だった。
ここから、私と[K君]との壮絶な二人三脚が始まった。

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[K教授]との運命的出会い
骨伝導分野に於ける世界的権威者[K教授]と接見する機会を得た。 もちろん先生は、フレェイ社など知っておられるわけでもなかった。私は、完成した1号機をオペ後で疲れていた先生に手渡した。「超磁歪という新しい技術を応用した骨伝導ヘッドフォンです。」おそらく先生のもとには、数え切れないほどの医療メーカが訪れ、同じようなプレゼンをしたに違いない。先生はヘッドフォンを装着し、長い沈黙の五分間がはじまった。先生の応接間は息遣い以外物音ひとつ聞こえなかった。 静寂は先生の大きな声で破られた。「素晴らしいよ!鈴川さん。これは凄いよ!」私は、超磁歪の力を心から感謝した。2ヶ月後、先生から文部科学省の「独創的革新技術開発研究提案公募制度」への申し込みをしてみないかとの提案を受けた。この1号機を製品化するためのまたとないチャンスだった。私と[K君]の徹夜の日々が続いた。二人で「ハイクオリティーの全く新しい骨導補聴器の開発」という表題の申請書を仕上げたのは締め切り当日の30分前、本当にギリギリで文部科学省に投函した。 1st.jpg(48696 byte)

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2003年夏、『フィルチューンデビュー!!』 tjazz.jpg(63083 byte) 2003年夏、調布の味の素スタジアムで開催された東京ジャズに、我が社は耳の聞こえの不自由な方を100名ご招待した。フィルチューンが技術的にいくら優れていようが、聞いてもらう人、つまり"場"がなければ単なる機械に過ぎない。そこで"場"の仕掛け人、[T爺]が我が社に加わった。 フィルチューンとは骨伝導ヘッドフォン1号機の商標である。東京ジャズはこのフィルチューンを使う初の音楽ライブであった。「耳の聞こえの不自由な方に音楽を楽しんでもらう」本当にこれが将来日常的に行われるなら感無量だ!中途失調者が40年ぶりに音楽を聞いたと涙を流しながら抱きつかれたときは…。真夏の野外イベント。それはもう炎天下そのものだった。ご招待した方も協力してくれた手話通訳の方もボランティアの方もそして我々スタッフも異口同音に叫んだ。 「もう夏の野外は止めようよ!」フルチューンだけは何事もないように平然としていたのだが…。

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文部科学省採択!
東京ジャズを終えて間もなく、文部科学省から研究採択通知が届いた。 この朗報をいの一番に分担研究者の[K教授]にご連絡差し上げた。実績のない我が社が、この提案公募の激しい競争に勝ち残ったのは奇跡に近いことだと思う。2年間のフィルチューン製品化への研究開発が約束された瞬間でもあり、我が社にとって大きなターニングポイントとなった。またこの年の暮れ、サンタクロースは我が社にもうひとつのプレゼントをくれた。フィルチューンが東京都ベンチャー技術大賞奨励賞を受賞したのだ。 gp.jpg(68038 byte)

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2005年夏、愛知万博に出展! 2005年夏、愛知万博に出展! [T爺]の地を這うような心強い力を持って、フィルチューンは「ナイジェル・ケネディ」(主催テレビ朝日)、「J-ASEAN POPs」(主催国際交流基金)「子どもたちフェスティバル」(主催社会福祉法人全国心身障害者福祉財団)、「ONE LOVE GOSPEL」(主催Go-NET Japan)などのライブに積極的に参加した。 一人でも多くの耳の聞こえの不自由な方々にフィルチューンを体験してもらうためだ。
そして、2005年夏、愛知万博「愛・地球博」へのフィルチューン出展依頼が舞い込んできた。 「文化の心を育む、遊びの森〜P―Forest」主催愛知県遊技業共同組合での出展だった。 期間限定の出展ながら、10万人の動員で約2万人がフィルチューンを体験したのだ。
製品化に向けて絶好の耐久テストになったのは言うまでもない。

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2006年3月、文部科学省補助事業のライフサイエンス分野1位!! 2006年3月、文部科学省より去年3月に終了した「独創的革新技術開発研究提案公募制度」の事後評価報告書が我が社に届いた。我が社が2年間研究終了した「ハイクオリティーの全く新しい骨導補聴器の開発」の総合評価であった。ライフサイエンス分野で1位、評価項目オールA,評点オール4の最高評価を受けた。

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広がるフィルチューンネットワーク! フィルチューン製品化は、数多くの方々の根気強いご協力があってここに実現した。 ご協力いただいた多くの全ての方が、フィルチューン(超磁歪)に大きな可能性を感じていただけたのだと思う。その方々全ての思いが私達をここまで支えてくれた。 そして、現場的で恐縮だが「フィルチューン製品化に一番苦労した人、手をあげて!」と言えば、なんといっても我が社メンバーでひとり平均年齢を下げている[Hくん]に尽きる。[Hくん]本当にありがとう。

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世界中・誰でも・何処でも・日常に使われる・・そんな日がくることを信じて・・ フィルチューンが特別なツールではなく健聴者や障害者の境を取り除き
世界中・誰でも・何処でも・日常に使われるそんな日がくることを信じて・・
フレェイ社そして、本当に多くの協力者の方々と共に、万人が豊かさを分かち合えるようにと願い
これからも、常識に囚われることなく、よりよい製品の創出を目指し続ける・・・・。

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